夢を見ていた。どんな夢だったか、今では全く覚えていないが、目が覚める直前、夢の中ではずっと、ガガガガガガ・・・という何かを削るような音が響いていた。目をあけた。夢はもう途切れてしまっているはずなのに、その音はずっと頭の中で鳴り響いていた。やがてそれが、夢の名残の音ではなく、実際に、僕の足下に置かれたハムスターの籠の中から聞こえてくるものだとわかったが、それを理解するまでにちょっと時間がかかった。部屋の電気をつけるまで、それが一体何の音だかわからなかった。電気をつけると、ハムスターが鉄の格子を齧っていた。何かに取り憑かれたように、ずっとガリガリガリガリ音を鳴らせている。前歯を削っているらしかった。そういえば、ハムスターには奥歯があるのだろうか。
僕はこのハムスターに、「与一」という名前を付けたはずだったが、彼女がいつまでも「プヨ」と呼んでいたため、いつの間にか、僕もこのハムスターの事を「プヨ」と呼ぶようになっていた。彼女の家でずっと飼っていたのだが、日本に帰ってしまったため、当然のように僕の家に連れてこられた。もうこのハムスターも3年近く生きている。ハムスターの寿命は2年くらいと聞いていたので、ちょっと驚いている。今でもかなり元気で、僕が寝ている間中、ぐるぐる回ったり、格子によじ登ったりしているらしい。僕が起きている時間は、彼はずっと寝ている。
時計を見ると、深夜の3時前だった。溜め息をつく。今日こそきちんとした時間に起きようかと思っていたのに、邪魔された。季節外れの蚊に邪魔され、ハムスターに邪魔され、慣れない羽布団の重さに邪魔される。
棚に並んだ本を眺め、そこから村上龍の「希望の国のエクソダス」を手に取る。この前この本を読んだのはいつだったろうか。そんなに前じゃない気がする。他に今読みたいと思う本もなかったので、それを読む事にした。中上健次とか、吉増剛造とか、一体次に読むのはいつになることだろう。
「希望の国・・・」のはじめの方に、「シカト」という言葉が出てくる。

棚に並んだ本を眺め、そこから村上龍の「希望の国のエクソダス」を手に取る。この前この本を読んだのはいつだったろうか。そんなに前じゃない気がする。他に今読みたいと思う本もなかったので、それを読む事にした。中上健次とか、吉増剛造とか、一体次に読むのはいつになることだろう。
「希望の国・・・」のはじめの方に、「シカト」という言葉が出てくる。僕はそこで本を読むのを中断し、今年の夏、横浜駅でシカトされた事を思い出した。あんな事は生まれて初めての事だったので、今でも鮮明に覚えている。今年の夏、日本に一時帰国をして、2週間ほど東京にいた。その時本拠地として、横浜に住む友人宅にお邪魔していた。その友人とはシエナにいた頃に知り合い、なんだかんだでもう付き合いは4年以上になる。18の頃、僕は今以上に自意識過剰で、何でもできると思っており、自分の考えに間違いは無いとまで思っていた。そして、そういう強気な態度で、周りに迷惑をかけまくっていた。今思い出してもちょっと恥ずかしい。この横浜の友人も、僕から被害を受けた中の一人なのだが(僕に迷惑かけられた人トップ3に入る)、大人ってやっぱり違う。
その友人の家に初めてお邪魔する日、僕達はまず横浜駅で待ち合わせをした。その友人は女性だったのだが、彼女は東京で働いており、その帰りに横浜駅で待ち合わせて夕食をし、それから彼女の家に行く事にしていたのだ。その日、彼女の仕事は予定よりも長引き、僕は結局横浜駅で2時間近く待っていた事になるのだが、その時にシカトは起きた。僕は横浜駅に行くのが初めてで、駅に着いて、そのまま疲れた顔をした帰宅サラリーマン達に流されるまま、相鉄口に出た。都会だった。
僕は手持ちでパソコンの入った重いバッグを持っており、とにかくそれを駅のロッカーに入れて身軽になりたかった。改札を出て少し歩くと、ロッカーがあった。一つを除いて全て使われていた。新宿でもそうだったが、なんで皆こんなにロッカーを使うのだろう。とにかくそのロッカーに荷物を詰め込み、200円入れようと思ったが、100円玉2枚がなかった。50円玉が4枚あった。思ったのだが、ロッカーも自動販売機のように、いろいろな硬貨を使えるようにするべきである。再び荷物を取り出してどこかで両替えしてもらおうかと思ったが、その日の僕は久し振りの都会にもみくちゃにされ疲れており、また重い荷物を持って歩く気にはならなかったし、両替えしている間にその一つのロッカーを取られてしまい、また探し回るというのも考えただけで頭痛がしたので、その辺の人に両替えしてもらおうと思った。周りを見渡すと、誰かと待ち合わせをしていたり、暇つぶしをしているらしい人達がたくさん立っていた。しかし、みんな僕から微妙に距離の遠い場所に立っている。仕方なく、歩いてきた人を呼び止めようと思ったのだが、ここで僕は大きなショックを受ける事になった。みんな僕をシカトするのである。計3人くらいにしか話しかけなかったが、僕の自尊心というか、純粋な気持ちをズタズタにするにはその3人で充分過ぎるほどだった。誰も僕の顔さえ見てくれないのだ。「希望の国・・・」には、〜何か相手に伝えたい事がある時、まずはその相手に自分が伝えたい事があるという合図を送り、その合図が認められて初めてコミュニケーションが成り立つ。その最初の合図自体を無視する事がシカトだ〜、と書いてあったが、まさにその時僕がやられていた事がそれだった。僕は呆然としてしまった。しばらく理由を考えた。僕の見た目がおかしいのか、話しかけるタイミングが遅過ぎるのか、などいろいろと考えてみたが、答えはすぐに出た。ナンパだと思われているのだ。その時、僕はちょっとした怒りにかられた。この怒りは、満員電車の中で、自分の意志とは関係なしに、前の女性の体に手が触れてしまい、その女性が露骨に嫌な顔をして僕を睨みつけた時に感じるあの怒りと同じものだった。「誰が好き好んでお前に痴漢するんだ、コラ」というあの怒り。まあ、それほど都会は痴漢が多いのだろうが、絶対あのような女性の中には、痴漢の経験がないのに周りの痴漢経験談によって自意識過剰になってしまい、「あ、わたし今、痴漢されているわぁ」などと戯けた事を考えている女性がいるに違いない。こんな事言うと日本中の女性から非難されそうだが、痴漢された事のない奴は、女性専用車両使うな、使うんだったら一度でも痴漢されてからにしろ、と言いたい。とまあ、僕も全部想像で話しているわけなのだが。話はズレてしまったのだが、僕が呆然としたのにはもう一つ理由があった。イタリアではこういう時、シカトされるという事はほとんどないのだ。ナンパするにしろ、まず女性がそれをそのまま無視するという事はない。合図は一応、受理される。その後、それがナンパだとわかった瞬間に足早に逃げたり、「また次の機会にね」などと笑顔で答えてやり過ごすという事はある。しつこいイタリア人男には怒る時もある。都会の女性のように、始めからシカト態勢でいる女性はゼロとはいわないが、ほとんどいない。これは僕が一時期ハマった、「眼鏡女性ばかりを撮るぞ大作戦」で経験した事実である(一時期、眼鏡をかけた女性ばかりを、町中でお願いして撮らせてもらっていた事があるのだ)。僕ももう4年以上イタリアに住んでおり、それは東京に住んでいた期間よりもずっと長く、イタリアの環境の方に慣れてしまっているというのは当然の事だろう。
仕方ないので、ちょっと離れた所に立っていた女性のところまで荷物を入れたままにしたロッカーを気にしつつ、歩いて行って、すいませんと話しかけ、いきなり50円玉4枚を顔の前に突き付けるような感じにして(ナンパじゃねーぞ、と言わんばかりに)、両替えしてもらう事出来ますか?と、口調は紳士的に尋ねた。その女性は、感じはメチャクチャ悪かったが、渋々財布から100円玉を2枚取り出し、交換してくれた。なんでそんなに面倒くさそうな顔をするのだ。僕ってそんなにうざそうだろうか。まあ、この文章を読んだ女性の中には(ほとんど女性はいないと思うが)、この男ウザッって思う人がいても仕方ないと思うが(僕もこれを読んで自分で自分をうざいと思う)。というか、何故女性にしか声をかけないんだ、お前は、という読者の声が聞こえてくる。理由は、そこにたむろっていた男共が、モサイ男達ばかりだったからである。
後でこの事を、お邪魔させてもらう友人に話すと、「まあ、そういう事するべき場所じゃないからね、相鉄口は。ナンパスポットだからね」と言っていた。だからってあんなに冷たくすることないじゃんか、と思ったが、都会ってどこに行ってもこうなのかもしれない。勉強になった。その後、その友人がずっと行きたいと思っていたという、駅近くのラテン系の店に行って夕食を食べた。ハンバーガーはものすごいボリュームがあっておいしかった。僕はピナコラーダを頼み、友人はビールを飲んだ(普通逆だろう)。店のお兄さんが帰り際、「かっこいい髪型ですね、美容師さんですか?」と、お世辞か何か知らないが、僕のモヒカンを褒めてくれたので、酒の酔いも手伝って、先ほどの嫌な事は全て忘れた。我ながら単純だと思う。日本にいる間、下は小学生、上は50代くらいまで、5人くらいに髪型を褒められ、美容師か訊かれた。いや、小学生には褒められていない。「あー、おっさん金髪だー」と言われ、ものすごくショックを受けたのだ。その男の子は、荒木の初期作品「さっちん」にとても似ていて好感を持った。鼻水たれすぎである。
いつの間にかハムスターが寝ている。人のこと起こしておいて、寝るなよ。
投稿者 tomo : 11.11.03 06:28 | トラックバック