31.05.04

お別れ

 今日でこの家ともお別れである。名残惜しいが仕方ない。どうせこんな優雅な生活は自分で稼ぐようになったら当分はできっこないのだ。今のうちに貧乏生活に慣れておかなくてはならない。病気は別だが。

 煙草を4日ほど前から止めているのだが、そのせいか、イヤに自暴自棄になっている気がする。特に一人になった時。禁断症状か、はたまた気のせいか。

30.05.04

今月そろそろ終わり

 今月は結局ほとんど何も書かずに終わってしまいそうだ。書くネタは本当に沢山あったのだが、逆にありすぎて、何を書けばよいのかわからなくなってしまった状態。暇な時の方が筆は進む。

 昨日、友人にお願いして、引っ越しを手伝ってもらった。そう、今月いっぱいでこの家から撤退するのだ。新しい家は今の家と比べるとまるで物置であるが、家賃が破格であるため、贅沢は言えない。しかしあの湿気はどうにかしたい。体にカビが生えたら終わりである。怖いのは服と写真、カメラ。どのような影響が出るのか。タンスや机の引き出しか何かに防腐剤を敷き詰めて、そこにカメラなど入れておきたいのだが、その家の収納はほとんど全て前の住人のもので埋まっている。マジでタンスごとゴミ捨て場に捨ててやりたい。

22.05.04

経験

 午前中、サングラスのフィエラで撮影した写真を加工したものと、街角サングラスおしゃれさんを撮影したものを見せに、aさん宅にお邪魔した。厳しいことも言われ、褒めてくれるところはきちんと褒めてくれ、色々とアドバイスをもらうことが出来た。非常に勉強になった。

18.05.04

停滞

 最近レポートが滞っている。書くことは本当に沢山あるのだが、書けない。5月に入ってからどのようなことがあっただろう。思い出せるだけ思い出してみよう。

 一番忘れられないことは、ファッションジャーナリズムの洗礼を受けたことか。Yさんの友人aさんが誤ってガラスのドアに思いっきり突っ込んでしまい、尾骨を折った。そのため、5月7日から9日までFieraで開催されていたMidoというサングラスの新作発表にウェブサイトの取材兼写真撮影で行くことが出来なくなってしまった。
 毎年サングラスの記事は非常に人気が高いため、誰か代わりに行ってくれる人を捜していたところ、僕を思い出してくれたのだ。僕は8日、そんなことを頼まれるとは予想もせず、Y Labにいた。そこにaさんが来て、早速ちょっと頼みたいことがあると言われたのだ。僕はその場で何も考えずに了解し、デジカメも持ってきていたので早速Fieraに向かった。正直、このとき僕はこの仕事をなめていた。

 Fieraに着く。aさんが言うには、ブランドごとにブースが分かれていて、有名ブランドのブースでaさんの名刺を出し、こうこうこういうサイトを持っているので紹介のための写真を撮らせて欲しいと頼めば撮らせてもらえるということだった。aさんはこのサングラスFieraには3〜4年前から取材に来ているらしい。周りに来ている人間は、契約のために来た企業の人間、スーツでびしっと決め、いかにもお金を持っていそうなのが多い。僕はこんなところに来るとは思ってもみなかったので、普通のニットに5年前に買ったラングのジーンズ姿であった。それも腰履き。かなり浮いていたことは確かである。
 早速ufficio stampaで写真撮影のための許可証のようなものをもらい(実際にはこれは全く役に立たなかったわけだが)、有名ブランドのブースが所狭しと並んでいるスペースに降りていった。はじめ、誰になんと切り出せば良いのかわからず、ふらふらとブースを回っていただけだったのだが、こんな事をしていても埒があかぬと、とりあえずaさんからここは絶対に行ってきてと言われていたシャネルのブースに行った。この時点ではまだ僕は、簡単に写真を撮らせてもらえると思っていた。しかしその予想に反して、断られた。何故かわからなかった。写真撮影許可証は持っているし、撮影の目的もきちんと説明しているはずだった。しかし、断られた。この時は単純に、「シャネルは撮らせてもらえないのか、やはり有名だからな」と考えただけだった。しかし、有名なブランドの新作を撮影してこいと言われていたので、その隣にあったプラダ、ミウミウ、ジルサンダーのブースに行ってまた同じように趣旨を説明し、撮影許可を取ろうとした。しかしやはりここでも断られた。
 これはおかしいと思い、一度aさんに電話してみた。aさんもそれはおかしいねぇと言い、もう少しここをこう変えて説明して試してみて、と言われた。再びシャネルのブースに戻り交渉してみたが、結果は同じだった。プラダに行っても、ドルガバに行っても、同じように断られた。
 そのようにして僕は、だんだん心に余裕がなくなってきてしまい、自信をなくし、完全に会場のビジネスライクな雰囲気に飲み込まれていった。いったい何が起こっているのかわからず、パニックに陥った。だんだん自分が萎縮していっているのを感じ、もうこんな仕事は放りだして帰ってしまいたかった。どう打開すれば良いのかが全くわからなかったのだ。
 しかし、僕に期待して仕事を頼んでくれたaさん、そしてそれ以上に、仕事に行く前に励ましてくれたYさんを思いだした。ここでこの仕事を捨てて帰ってしまったら、僕は一生変わることが出来なくなるだろうと思った。何をやっても駄目な人間になってしまうだろうと思った。勿論そうなるのは我慢できなかった。
 もう一度aさんに電話をし、事情を話した。使えない人間と思われるのは本当に怖かったが、とにかくこの状況をどうにかして変えないといけない。aさんは僕を使えない人間だとは思わなかった。そして、こう言った。「最近ね、中国人のコピーがすごく多いんだよ。有名ブランドのサングラスをデジカメで撮影してそれをコピーして安く売る。ブランド側は、それを阻止しようとしているんだと思う」。
 確かに、ミラノの町中を歩いていると、黒人や中東系、そして中国人が路上で偽物のブランド品を売っている。ブランド側がそれを好ましく思わないのは当然の話だ。しかし僕は中国人ではなく日本人である。しかし実際、少なくない西洋人にとっては、東洋人はみんな同じなのだ。
 とは言ってもそれで仕事を放棄するわけにはいかず、aさんはそのブランドの人間と私が直接交渉するのでちょっと変わってもらえるかと言った。僕はブースに向かい、携帯をそこの人間に渡した。5分ほどやりとりをした結果、撮らせてもらえることになった。やはり僕の言い方、態度に問題があったということだ。それを実感して、僕はさらに緊張した。撮影はさせてもらえたが、手の震えが止まらなかった。後で写真を見てみると、最悪の出来だった。ほとんどがぶれていて、ピントもはずれていた。その日は、閉館の時間になってしまったため、撮影はそこでしかできなかった。3時間ほど会場にいて、実質、使える写真は一枚もなかった。写真を撮る以前の問題に、膨大な時間を費やしてしまった。それも、その問題は解決していない。aさんに電話して、まず謝った。もう仕事を回してもらえないと思った。それどころか、僕はもう何をやっても駄目なんじゃないかということまで思った。そこまで精神的にやられていたのだ。自分はあまり要領が良くないというのは知っていたが、それでもまさか、ここまで使えない人間だとは思っていなかった。aさんは「とにかくお疲れ様。突然仕事を頼んでしまってごめんね。とりあえず撮った写真は見せてください」と言った。見せたくなかった。
 aさんからの電話の後、Yさんから電話があった。通話ボタンを押すと、「もしもし」というYさんの声が聞こえてきた。僕は「もしもし」と返しただけで、そのあと何も言えなくなってしまった。Yさんは僕が今どのような状況になっているかを敏感に察知し、しばらく喋らず、僕が落ち着くのを待っていてくれた。ようやく僕が喋れるようになったところで、共通の友人の誕生日に誘ってくれた。とにかくFieraまで迎えに来てくれるという。「わかりました」とだけ言い、会場を出てバスに乗り、地下鉄の駅の近くまで行った。そこで携帯がまた鳴り、Yさんの車の場所まで行くと、Yさんが車から降りてきて僕を迎えてくれた。それまで僕の中に溜まっていた色々な思いが、一気に外に出てきて止まらなくなってしまった。Yさんと目を合わせないようにしながら後部座席に乗りこみ、ずっと俯いていた。Yさんはずっと待っていてくれた。漸く落ち着いたところで、前の座席に移り、友人の誕生日に向かった。
 不思議な人だ。彼女の前ではどんなにかっこつけようとしても意味がない。誰かの小説の中に、「自分の心のずっと奥のほうにある、一番柔らかいところにピンポイントで触れてくる」とか何とか書いてあったが、それだった。彼女の前では、僕の心が丸裸になる。僕は結構自分の殻に閉じこもるタイプである。しかし彼女に対しては、どんなにフィルターを通そうとしても、どんなに悟られないように何かを隠そうとしても(弱いところを隠したいのかもしれない)、全く意味がない。彼女はそんな丸裸の僕の心を優しく包み込む。そうだ、ピンポイントで触れてくると言うよりも、包み込まれる感じなのだ。なに馬鹿なこと言ってんだと、自分でもそう思うが、事実なのだ。
 aさんから、「もし君が良ければ、明日また会場に行ってきても良いよ」と言われた。行かなくても問題なかっただろう。aさんの中での僕の評価が落ちるだけだ。人の中で自分の評価が落ちるなんていうのは正直どうでも良い。正直迷ったが、しかし自分の中でけじめを付けるために行った。これでもし駄目だったら駄目なのだ。しかし試す価値はある。というか、試すべきなのだ。僕はまだ写真家としてのスタートラインにも立っていない。ファッション業界のジャーナリズムにはほとんど興味がないのだが、写真の勉強というよりも、写真を撮る以前のところで良い勉強になった。社会勉強ってこんな事を言うのだろう。2日目は、1日目よりもずっとうまく事が進んだ。1日目、あんなに駄目駄目だったのだが、僕なりに学んだことは沢山あった。2日目はそれを出来るだけ改善してみた。
 服装を変えた。見た目で区別されるなんて馬鹿らしい、中身を見ろよと思うのだが、実際は見た目で区別される。しかしそれだったらある意味こっちとしてもやりやすい。良い服を着ていけばいいのだ。これは非常に効果的であった。レセプションの人の態度が昨日とはうって変わって感じの良いものになった。面白いものだ。三脚も使わないのだが持っていったのも効果的であった。
 態度を変えた。堂々とした。写真は撮れて当然というような不貞不貞しさを持っていった。そのくらいの気持ちでいくのがちょうど良い。
 昨日とは比べものにならない量の写真を撮れた。今回は震えることもなく、昨日よりはマイペースで撮影できた。勿論申し分ないほど上手く仕事が進んだかといえばそんなことは全くなく、もっと改善できるところは沢山ある。2日目は2日目で課題が浮かんできた。これは次の機会に直すことが出来れば良いと思う。
 写真を撮る上での問題も浮かんできた。やはり僕は、物撮りがへたくそである。きちんとしたスタジオできちんとした照明を使って撮っていないというのもあるが、それでももっとまともな写真撮れよと言いたい、自分に。はっきり言って素人の物撮り写真とほとんど何も変わらない。自分で物撮りが向いていないことは自覚しているが、ミラノにいる限り、物撮りしないわけにはいかない。訓練あるのみである。
 と、こんな感じの出来事がこの前あった。ほかの出来事も色々あるのだが、眠くなってきてしまったので今日は寝る。ほかの話題は追々書くことにしよう(たぶん書かないけど)。
 
 また恐ろしい夢を見た。最近、恐ろしい夢というと、決まって物質的に暴力的である。いったい何なんだ。ちょっと精神的に不安定になっているのだろうか。恐ろしい・・・。

13.05.04

ATOK

 ようやく、ATOKを手に入れた。今書いているものが、試しである。これからかなり文章を書くのが楽になるだろう。